4月 2020

とにかく1人で悩まない事、人に相談する事、特にフランス人社会に積極的に溶け込む事。( 現実問題、私はフランスで生きていくと決めたのだから。) protection famille の裁判を起こして裁判所からの許可を得るまでの3ヶ月間の厳しい同居生活。2014年7月にやっと出ることが出来て子供達も交互に両親の間を行ったり来たりの生活がスタート。(...

10年間のセレブ生活?終止符を打とうと決めた決定打は乳がんの疑い、子宮癌の疑い。今まで大した病気をした事も無く風邪をひいても薬に頼らず生きてきてここに来て癌?ガ〜ン❗️てな感じで。そこまでして守りたい家族の形? と自問自答の毎日だった。もう一つの決め手になっている、最後の旅行は行きたくないと言ったにも関わらず無理やり行く羽目になったバリ島。 行く前は首を絞められ行ったら10センチ以上の切る傷を負う事に。その10年間は何度も警察沙汰になり、一度は隣りの公園に子供達二人と捨てられるはめになり家なき子?それでも青森の女は耐えるのだ!と、私の芯が私に言い聞かせていた。全ては子供達の為に。母から教え込まれていた潜在意識?けど、自分が病気になって死んだらもとも子もない!まずは自分を守る。次に子供達を守る。それが最終的には家族を守る!と自分に確認して裁判にかかった。 やっと解放か?いや〜、子供達からの非難は相当なものがあり、自分自身も相当の自分に対する自信を失っていた。昔ながらの妻としての教えを潜在意識に植え付けた母だったがその母はとにかく笑顔で。笑顔でいなさいと?そうすれば誰かが救われて自分も救われる。と、その時は何時も意識していた笑顔さえ消えていたらしい。( ママ友の談) そこからは自分との戦い、洗脳され尽くしてしまった子供達との葛藤ね日々が始まる。その間も沢山の友人知人に助けて貰った。感謝でしかない。今あるのはその時その時に手を差し伸べて救い上げてくれた人達のおかげ様。感謝感謝です。いつまでも忘れる事は無い!ありがとうございます😊 ...